幸せの青い鳥…坂戸市の新しい保育所

皆様、青い鳥は、一体どこに行けば捕まえられるの
でしょうか?

今晩は、島佳代子です。

私は日々仕事をする為に、知的障がいを持つ
息子を、学校が終わった後に、放課後デイサービスを
利用しています。

障害者総合支援法が設立されて、ここ最近は
障がいを持つ方の学校卒業後の居場所や就労訓練
の場所が増えてきました。

最近、私のFacebook友達で、遠路はるばる地元の
埼玉県坂戸市から神奈川県川崎市の私が勤務する
就労支援施設へイベントにご参加下さった方と仲良く
しています。

彼は同じ様に息子さんが軽度の知的障がいがあり、
埼玉県内の特別支援学校を卒業後、地元スーパーへ
就職が決まり今も元気に通勤されています。

こういう知的な障がいのある方の自立した就労
の例はまだまだ少なく、やはり地元坂戸市では
少ない事例です。

彼はスーパーの一角でお茶した後、私と一緒に近くの
公民館らしき建物の案内をしてくれました。

そこは、長いこと開店していた酒屋がなくなり、
今は公民館らしき建物に建て替えられています。

よく見ると、発達支援のデイサービス…と言う
看板が奥に立てられていました。

ここは、あえて外から見る人にはわかりにくく、
あえて本当に用が有る人のみ近づいた人だけが
わかるように立てられています。

何かの口コミとかで訪ねて来た人、
きっと子供の事で悩んで真剣に相談に来た人にだけ
対応するといったスタンスでしょうか?

埼玉県坂戸市にはこの様に、時代の流れや現在の
子供達の悩みに合わせた必要な支援を模索しながら
ここまできたのですね。

地元でありながら全く知らなかった…
同じ坂戸市市民としてお恥ずかしい限りです。

息子の事でひたすら悩み続け、支援してくれる場所を
遠く遠く東京や、神奈川県川崎市まで探したりしました
が、幸せにしてくれる青い鳥は、案外すぐ近くに
あったりしていたのかもしれませんね。

【せんべろ】久しぶりに1000円て酔う為に?

皆様、時には格安でお酒を飲んで仲間と楽しみ
たいと思いませんか?

島佳代子です。

月曜日の夜からいきなり私と同僚は東京目黒駅
付近のせんべろ居酒屋とネットで名高い
「蔵」に行きました。

「せんべろ」とは諸説が幾つかありますが、
1000円でベロベロに酔える、と言う意味が
あるのだとか!

一般には作家の中島らもと編集者の小堀純が、共著の著書『せんべろ探偵が行く』で使い始めたと言われる。
低価格で酒やおつまみ等を提供するという性質上、該当する店には居酒屋や立ち飲みなどが多い。

2007年のサブプライムローン問題発覚、2008年のリーマン・ショックなどを背景とした景気低迷の中で「一般的な低価格居酒屋チェーンよりもさらに格安で飲み食いができる店」として注目が集まるようになり、近年雑誌等で特集が組まれるようになったほか、「せんべろ」系居酒屋を専門に取り扱う書籍も複数登場している。
※Wikipedia引用

決して高くはない給料でも、日々のお酒を楽しみたい、
気の置けない同僚と飲んで励まし合いたいと思う
私達庶民の楽しみを実現する為に
東京目黒と言う好立地な場所でも安く飲める居酒屋が
実在します。

テーブル料金は取らず、あくまでお酒、おつまみ、
そして忙しく回る店員さんの気配り、その様な
居酒屋の基本的な所で勝負に出て、安くて美味しい
おつまみを注文する時の、外国人の店員さんの
元気な笑顔に救われます。

同僚と飲み続けると、決して1000円では済まない
状態になりますが、まあ、安いので、やはり
「せんべろ」の魅力ありと表現します。

おいおい「蔵」の魅力はこれからも伝え続けて
行くと思いますが、東京で仕事帰りにちょっと一杯
出来る格安居酒屋の魅力をこれからレポートして
いこうと思います。

庶民の味方、サラリーマンの味方、私達も同じ飲み仲間
として応援しています。

誰にも言えぬ独り言…誰かが聴いています!

皆様、すぐ近くに訳の分からない事を話し続ける
独り言をしゃべる他人がいませんか?

今晩は、島佳代子です。

当法人の利用者さんには本人の意思とは関係なく?
独り言を呟いてしまう人がいます。

彼女は「どうしたら独り言が治るのですか?
教えて下さい」と真剣に?尋ねられ非常に返答に
困りました。

独り言を治す方法…そんな方法があるなら…
私が知りたい!

そうです!
かく言う私も独り言が激しいです!!

どうしたら治るのでしょうか?
誰かご存知ないですか?

色々インターネットで大真面目に調べても、
特に対策法はありません。

ほとんど根性論や精神論が多い「独り言について」

特に病気とかではなさそう。

薬で治る訳でもないなら…
私は自前のiPhone6でリマインダー機能を使って
日々の備忘録として活用しています。

そして、時々鏡を眺めては、「今独り言言った?」
と問い掛けたり、周囲の人の協力を得て注意して
もらってます。

仕事場でも、居酒屋でも、いつの間にか出てる
独り言!

一体私は自分で自分に何を問い掛けて
いるのでしょうか?

隣にいる同僚に、今夜も問い掛けて自分を振り返って
います。

PTA役員慰労会の夜…特別支援学校の絆とは?

皆様、特別支援学校の親御さん同士の繋がりってどのくらいのものか
想像したことありますか?

今晩は、島佳代子でございます。

昨日は地元坂戸駅前の居酒屋「和民」にて毛呂山特別支援学校のPTAの慰労会が
開催されました。

少し遅れてお座敷に入ると、もう沢山の親御さんがビールを酌み交わして飲むわ飲むわで、
もう大騒ぎ!
すごいテンションマックスです。

隣の席の親御さんが偶然息子と同じクラスの女生徒のお母さんでした。
会話が未だに成り立たない息子の様子をそれとなくそのお母さんに聞いて
みました。
以前バレンタインで買ったチョコを誰か特定の男子に渡そうとしたら、先生方に勿論禁止され、
「公平性に欠くから」とあげるなら全員に上げろと言われたそうです。

その女生徒は、仕方なく、なんと50個分のチョコを用意して全男子生徒に配布したそうです。

公平性や世間の動きの本音や建前の区別を教え難い知的障がい者には、このような
公平性を主張した教育を教えていくしかないのですね。

大変だけど、何とか無事に?バレンタインDAYを
乗り切った?ようです(笑)

この慰労会には保護者のみならず先生方もご参加
されていました。

先生方も中々お酒がお強い!
息子の啓伍のクラスを受け持つ若い女の先生が
「島くん中々歌が上手いので、歌うようにお願い
すると、初めは嫌がっていたけど、段々応じて
くれるのですよ。」と衝撃発言!

ええええ?啓伍が?歌を⁇唄う⁇?

そんなまさか!
信じられません。

だけど、こんな風に連絡帳にはない情報が入って
くる子供の学校での話が聴けるのが、この慰労会の
良い所ですね。

他の親御さんからも自力通学のエピソードなどを
聴いたりと、涙ぐましい努力の積み重ねの話に
私も頑張らねば、と奮い立つ気持ちです。

お開きの時間に幹事の保護者の方が「高等部は来週
卒業式です。だけど、この会合はまだ続けたい、
繋がりが大事なので定期的にお会いしたいですね」
と付け加えました。

知的障がい者には学校卒業で終わりではありません。
生涯にわたってケアが必要なので、改めて私は、
「人と人との繋がり」と言う事に関して特別支援学校
保護者の視点から、また話をしてみたいと
思う坂戸市の夜でした。

知的障害者のマラソン・・・春を迎える前に!

皆様、障がいのある方のマラソンとは、どんなものか想像つきますか?

今晩は、島佳代子でございます。

3月になり、ひな祭りでにぎわっている最中、私は一人布団の中にいました。
インフルエンザになり、しばらく仕事を休んでおります。

アルバムを整理していますが、そう言えば、先月は授業参観に行ってきたのに
facebookにもアップしていないことに気づきました。

書き終わりましたら、すぐに掲載します。

2月4日(木)は仕事の休みを取って埼玉県立毛呂山特別支援学校に行きました。

高等部のマラソン大会開催。
私達夫婦は少し遅れてマラソンのコース脇にたどり着き、生徒たちが走っている様子を
見ていました。

他の学校ではどのようなルールであるかわかりませんが、この学校では高等部1年が男女一斉に
走ります。

その結果、よく啓伍と仲良くしてくれる女の子が2週走って必死に頑張っている姿を目撃しました。

その後ろを他生徒が必死で前の生徒を追い抜こうとしていたり、反対に競争心なんか全く感じなく、
へらへら笑っている生徒がいたりと本当に特別支援学校のマラソン大会は面白いものです。

ふと、見上げたら、息子の啓伍が必死?で走っている姿が目に飛び込んで来ました。

幼稚園の頃は、先生に手を繋がってもらえないと走らない子でした。

小学生になっても他の子の走っている様子をみて真似ることは難しく、
担任の先生に追い手になって頂き、後ろから伴走するような形でやっと運動会の
徒競走になっていったのでした。

段々と先生が伴走せずに走れるようになったと思ったら・・・

今度は全く競争心が理解できず、へらへら笑って走って?いました。

とにかくマラソンとは程遠いものでした。

やっと、少しは競争心というか、少しでも早い記録を・・・と感じたのか、
啓伍の姿は1周しか親である私達は確認出来ませんでした。
前の女の子は2周走っていたのに?

そうです!
啓伍はその前の女の子を追い抜いて走っていたのです。

誰かを追い抜くイメージが全くなかった私達親は啓伍の成長をまた一つ感じたました。

寒い冬の季節のマラソンは、一つ子供の成長を促し、そして春を迎えていくのですね。

知的障がい者の意思表示?…「僕は行かない!」

皆様、今まで全く会話が成り立たなかった人が
場に即した発言をすると、
どんな気持ちになりますか?

今晩は、島佳代子です。

昨日は家族で参加する東京の料理会に参加するために
日曜日ですが早めに
子供と夫を起こしました。

8:30前に家を出たい・・・
バタバタして洗顔、着換え、身支度を整えていくと、
息子が階段を駆け下りて来ました。

そして、なんと・・・!
「行かない、行かないよ」

今の今まで自分で話したことがない、信じられない口調で言いました。

「お母さん、行かない!行かないよ!!」

えっっ?
どういうこと??

行かない?
えっ?行きたくないの??

今の今まで、こんな風に自分の意思表示?
自分の行動の選択なんてした事がない様な
息子が、初めて自分の1日の行動に対して
したい事、したくない事を口にしました。

息子とてすでに高校一年生の15歳!
自分のやりたい事を口にして表現するのは
むしろ当たり前。
そんな当たり前の事が出来る…
知的な障がいをもつ息子には、どうしても今まで
そんな当たり前の意識が抜けていました。

やっと適切な言葉が出てきて、自分の意思を
表明して、親として子供の成長を喜ぶべき事なの
ですが…

一緒に日曜日出掛けようとしていたママとしては
心中複雑です。

仕方ないので私一人で料理会に参加しました。

バレンタイン当日なのでブラウニーケーキと
グラタンを作りました。

とても美味しかったけど、何かが足りない様な
変な気分です。

アスペルガーの自覚症状…葬儀の後

皆様、家族を亡くされ、葬儀帰りの方へどんな
言葉を掛けたら良いのでしょうか?

島佳代子です。

先日、お父様を亡くされた方を見舞う為に、
遠路はるばる大阪からやって来た友人を見送る
理由で、東京駅で食事してきました。

みんなで友人のお父様の葬儀の香典を集め、
これからどうするのか?など話していました。

お父様を亡くされた本人は、食事会には参加せず、
ご実家からお話に参加されました。
会に参加した友人の一人が携帯電話にて
様子を聞いていました。

順番に声をかけてお悔やみの言葉を述べ、
いざ私の番になってきたら、私は何を思ったのか
少しのお酒の気分も手伝って「もう自分のマンション
には戻って来たの?そうですか。ご実家のお手伝い
など終わったのですね」
それからあろうことか「恥ずかしながら帰って
来て参りました。」などと、とても葬儀帰りの
人へかける言葉ではない声掛けをしてしまいました。

仲の良い友人とのいつもの会話のノリになって
しまったのでしょう。
いつものギャグ?をかましてしまいました。

その時は、特に波風が立たなかったのですが、
後からSkypeで携帯を貸した友人2人から注意
を受けました。

「葬儀の後の人に掛ける言葉ではないだろう。」
「日頃から、空気の読めない会話なんかしている
から、知らず知らずの内に人を傷付ける様な
言葉を発しているのではないか?」

ショックでした…

そんなに私の話す事はいけない事なのか!
確かに…お父様を亡くされ、悲しまれている
のに、上記のセリフは常識を欠いてました。

しかし…
なぜ、私の発言が不適切ならば、
その場で注意しないのだろう?

別にみんなの前でも注意してくれて構わ無いのに…

なぜ、後で思い返す様につたえるのだろうか?
友達なんだからこそ、ズバッとハッキリ言い切って
しまえばよいと思う私は、まだ空気が読めてないの
だろうか?

不適切発言を反省しつつ、何かしっくりこない
気持ちのまま、自覚症状がないまま、
毎日を過ごしています。

葬儀に関してはデリケート過ぎる位の気持ちで
接した方がいいですね。

まだ今も「私は空気が読めない」
と言い聞かせて、過ごしています。

松屋フーズの障がい者雇用…20年前からずっと…は

皆様、松屋フーズの牛丼のそばにある美味しい漬物
はもう召し上がりましたか?

こんばんは、島佳代子です。

前回のブログでは松屋フーズを展開する
「株式会社MLS」について現在息子が通う
特別支援学校との関係性をお話しました。

この様な知的障がい者の雇用や支援については
ここ最近行われた事でしょうか?

いいえ、実は、この松屋フーズの障がい者雇用は
既に20年位前から行われていました。

私がまだ花の?女子短大生だった20歳の頃、
今から20年前に私はアルバイトを始めました。

新聞の求人情報で得た夏休みの期間限定の
工場のアルバイト。
家庭を持つパート女性がお盆の期間に出社
日数が減るので、その埋め合わせの為に高い時給
の学生アルバイトを募集していました。

初めてのアルバイト経験。

最寄駅から4駅先の森林公園駅から工場に出社する
人の為のバスも用意されていました。

「松屋フーズ」のバスを見つけたのでバス停まで
歩いたら、何かよく分からない独り言をしきりに
ブツブツ言い続ける人、ただニコニコし続ける人、
飛び跳ねながらも松屋フーズのバスに乗り込む人…
色々な女性が松屋フーズのバスに乗り込みました。

…そう、上記の方々は松屋フーズのバスに乗って
仕事場である森林公園工場団地内の松屋フーズ
まで私と一緒に乗りました。

彼女達には知的障がいがあります。

つまり、この20年以上前から既に知的障がい者
の雇用を行っていたのです。

バスから降りると、玄関口から入り、
タイムカードを打刻して、すぐに更衣室で着替えを
始めます。

消毒エアシャワーを浴びて、すぐにそれぞれの持ち場の
玉ねぎ皮むきコーナー、漬物コーナー、肉の管理
コーナーなど自分達の役割に沿って毎日同じ作業を
繰り返し行っています。

私は入り立てから何かと工場長が頼って下さり、
玉葱の芯を取る細かな作業から漬物作り、カレーの
ルーの解体、真空パック業務などなど、色々な
工場内の業務を経験させて頂きました。

お昼になると、まかないとして松屋フーズ工場内で
作られた定食が食べられます。
勿論メニューは松屋の美味しいハンバーグや牛すき
定食などなど…
そこには私が作ったかもしれない漬物が必ず添えて
ありました。

目にしみる漬物作り作業は肉体労働として実は結構
キツいのですが、とてもやり甲斐がありました。

今でも、松屋フーズにたまに入ると、漬物が添えてあり、あれから味が変わらず美味しいと感じます。

あれから20年…

彼女達は今、どうしているだろうか?
今も変わらず働いているのだろうか?

新しい人の雇用をしない位だから、きっと
今も笑顔で変わらず働いているだろう…と
私は思います。

それにしても…計らずも知的障がいを持つ息子
が生まれる前から、障がい者雇用の現場に関わって
いたとは…
面白いですね。

だから障がい者雇用の現場のお仕事は止められない
ですね。

皆様、もしよろしければ、松屋フーズに立ち寄って
漬物の味を確認してみませんか?

きっと彼女達が作った美味しい味をお分かり
頂けると思います。

松屋フーズの障がい者雇用…卒業生のその後

皆様、自分達が住んでいる街の企業の
障がい者雇用はどれくらい進んでいると思いますか?

島佳代子です。

私の息子・啓伍は重度の知的障がいを伴う
広汎性発達障がいがあります。

同年代の子供と比べると知的な遅れが激しく、
物事を理解するのにもコミュニケーションにも
課題があります。

そんな啓伍が通う学校は地元坂戸市から少し離れた
埼玉県毛呂山町に設置している
「埼玉県立毛呂山特別支援学校」です。

この学校には、高等部卒業後に伴う生徒の就職先を
提供すべくある企業のご協力を得ています。

★株式会社エム・エル・エス
http://www.matsuyafoods.co.jp/mls/company/

皆様ご存知の牛丼チェーン店「松屋フーズ」を
展開している会社です。

94名(内、障がい者 47名)
2015年(平成27年)7月1日現在の時点。
事業内容は
・ランドリー事業
・洗剤事業などがあります。

息子の通う特別支援学校には松屋から寄付で頂いた
古いエプロンがあります。作業カリキュラム中に生徒さんが着用されています。

この様に地元企業が知的な障がいを抱えている人の
就労支援を積極的に行うというのは当事者の息子を
持つ親としてはとても嬉しいですね。

実は現在、この松屋フーズを展開する株式会社MLSでは特別支援学校生徒の職員募集はしておりません。

なぜなら…

卒業して入社した先輩方が辞めないから!
なのだそうです。

そうです!!

「辞めない」という事はそれだけ入社した人が長く
続けて働けるという証です。
障がい者就労も必ず入社した知的障がい者が継続する
とは限りません。
人間関係のつまづきや、勤怠の安定、仕事が覚えられないなど、様々な理由で継続出来ない人もいます。

そんな中、この会社が、卒業生が継続して勤務されているというのは入社出来ないという残念な気持ちと、
生徒さんを、子供を安心して任せられるという
前向きな気持ちが交差し、この会社を応援したい
気持ちに変化しました。

企業の方々には、様々な壁を感じても共に働く気持ちで
一緒に過ごして欲しいですね。

この記事を書き続けたら…
急に牛丼が食べたくなりました(笑)

電車の中の風景…子供連れの親子

皆様、通学や通勤で電車をお使いの方もいらっしゃる
でしょう。毎日どんな風景を眺めていますか。

今日は、島佳代子です。

仕事の移動でこんな微笑ましい光景を見ました。

ベビーカーに赤ちゃんを乗せ、2・3歳位の女の子
を連れたお母さんらしき女性が微笑んでいました。
座席に座り赤ちゃんを挟んで会話を楽しんでいる
様子。

目的地の駅に着いたら、さあ、降りよう!
お母さんがベビーカーを押して手荷物を下げる。
女の子に「おいで」と呼び掛け降りようとすると
女の子がお母さんの左手に手を伸ばし繋ぐ様に
触れた。

ん?どうしたの?
「ママと手を繋ぎたいの〜」

ふふふ。微笑ましいですねv(^_^v)♪

あれ位小さいうちはママと手を繋ぎたいのかしら?

私には、あんな風景なかったな〜。

1歳3カ月以上かけて、やっと立てる様になった
と思ったら、いつの間にかトタトタ歩いて、そして
いつの間にかいなくなり、毎度大慌てで探していました。

そんな14年くらい前の事を思い出しました。

今は、だいぶ「いなくなる」なんて事はなくなり
ましたけど…

まだまだ子育ては続きそうですね。

あのほのぼの親子で、懐かしい時を思い出して
いました。